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ある男

 
 
 
図書館で本を6冊抱える男が小説コーナーで7冊目の本を選んでいました。
 
 
時を同じくして、
二つ隣の列の絵本コーナーではお母さんと男の子が絵本を選んでいました。
 
 
この男はその事には全く気付いていません。
当たり前です。二つ隣ですから、ふたつ。
 
 
 
「そんなにいっぱいいっぱい読めないでしょ、」
 
 
 
二つ隣のレーンから聞こえてきたお母さんの声を聞いた男。
 
 
 
男は自分に言われた訳ではないのに、
7冊目の本を選ぶ手が止まったそうな
 
 
その時、思考がぷっつりと途切れてしまいなにもかもがわからなくなったんですって。
 
 
そう、誰かが言っていました。
彼本人だったかな?
 
誰だっけ…
 
 
まぁ、いいや、
 
話を進めましょう。
 
 
 
するとですね。
6冊目に選んでいた本も今本当に読みたいものなのかどうかわからなくなってきました
 
 
その次は5冊目に手に取った本も。
 
 
そうやって一冊一冊もとの場所へ返していった男の手には自転車の鍵だけ。
 
 
あの重さはなんなのだろう、お母さんの言葉を聞くまではなんともなかった腕が急に痛くなったのです。
 
 
「そんなにいっぱいいっぱい読めないでしょ、」
 
 
この言葉が男の頭の中で繰り返しこだましては、なにかノスタルジーな悦を感じていたようなのです。
 
 
はて、
なぜなのでしょうかね?
 
 
 
わたくしに聞かれましても、
そんなことわかりっこありません。
 
 
ただの心変わりとやらで借りようとしていた本を返して帰っただけですからね。
 
 
本当にそれだけのことなのです。
 
 
 
 
しかし、最後にひとつ。
 
彼が出口でこぼしたと言われている独り言をここに書いておきます。
 
 
 
あとはご自由にどうぞ。
 
 
 
 
 
 
「誰かに怒られること、久しくないなぁ」
 
 
 
 
 

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