一人暮らしを始めたという友人の家へゆく、
独り電車にゆられ。
21時を少しまわっている
金曜日のこの時間はこんなにも人で溢れていたのか
既に酒気を帯び浮き足立った顔色をした人たちは繁華街のある大きな駅に吸い込まれていった
おかげでようやくつり革につかまれるスペースができた
お酒と乗り物に弱い僕はせりあがってくるものに支配されぬように必死だった
「次、席があかなかったら一度降りよう」
そうしてひとつひとつ停車駅を迎えた。
限界は何度も訪れもう無理かもしれないと下車を考えた時、運が良くひとつだけ席が空いた
自分の吐瀉物を見ることも二度と合わぬ人に嫌われることもなく済んでほっとすると、大きく息を吐くことができて生きた心地に包容された
僕が乗りこんだこの電車はクロスシートだったから余計に狭かったのだろう
腰を下ろした席の窓側にはパジャマのようなもこもことした服を着た女性が大きな荷物を足元に挟み寝ていた。
彼氏のもとへ行くのだろうか
実家にかえるのだろうか
海に向かっているのだろうか
果たしてこれはパジャマなのだろうか
そんなどうでもいいことを考えながら前の座席の背凭れを凝視していた
すると、スポーツウェアを着た女子高生らしき2人組がこっちを見て笑っていた
なにが面白いのだろう
この歳の頃はなにが面白くて日々を過ごしていたのだろう。
もうわからないことが多すぎる
これ以上なにも考えたくなかったので窓から夜の景色を捉えようと首を右に動かしたところ、先程まで眠っていた彼女も窓から流れる景色を見ていた
彼女も僕と同じことを感じたのだろうか
また余計なことを考えてしまっている
UFOが飛んでいるわけでも、富士山が見えるわけでもないのに僕ら二人は車窓からみえる何かに釘付けになっていた
そのまま僕たちは長い時間外を見続けた
乗り換えのため僕が先に下車するまで。
あの2人組はそれをみてまた笑っていたのかもしれないがそこにはもう不快感は存在していなかった
彼女のあれはやっぱりパジャマだったのだろうか。
友人の家まではあと数駅だ
これが最後の乗り換え。
新しく乗り込んだ電車はガラガラのうえにくたびれた空気にゆられている
そして僕もその一部になり呼吸をしている
誰かの目をかりればそんなものだろうと思う
扉の側の席に腰を下ろすと「つらいならやめてしまえばいい」という言葉が耳元を揺らした
そういえばイヤホンをつけて音楽を聴いていたんだった
家を出てからずっと。
なにが辛いかわからない時はなにをやめればいいのだろう
教えられてもわからないけれど
僕は立ち上がる。
残りの3駅は運転席越しの線路を眺めながら過ごした
ポケットから携帯をつまみあげ、友人に「もうすぐ駅つくで」と連絡すると「駅まで迎えに行くわ」と返ってきた。