仕事が終わり、駅まで向かう道中の歩道橋から国道を見下ろしている。
車の流れは律動的に見え、おもちゃみたいで立ち止まってしまった。
センチメンタルな人間は自分だけなのではないかと思わせてくるライトの色
その自己陶酔が少し気持ち良かったりもするから困るのだ。
家族との空間がこの世の正義だと思っていた子供の自分は、歩道橋で人生についてを考えたりしなかった。
あの時間達が羨ましい
あの頃欲しいおもちゃやゲームはいっぱいあったけど、実際手にできたものはほんの少しだけだった
それでも家族はやっぱり羨ましい。
過ぎたもの全て自分の時間だと言えばそうだろうが、もう自分のものではないとも思うから。
高校の同級生で仲の良かった長田は3人目の子供が産まれた。
彼のSNSは子供の写真ばかりで埋め尽くされている。
子供に戻りたいだなんて、強欲で情けない理想なのだろうか。
そういえば長田のSNSの投稿に、
“大翔うまれてきてくれてありがとう”
大翔の人生初じゃんけんはパパの負け(笑)
と書かれているものがあった。
産まれて間もない子供の手の側で長田の手がチョキをだしている写真。
その写真をみた時
… 俺、親父とじゃんけんしたことあったっけな? …
不意にそう巡った。
確証などはないが、単純で無邪気なその行為がこの煩雑な虚無をするりと解いてくれるのではないかと思えた。
大人になった僕は何故かじゃんけんに希望のようなものを見出し、今この歩道橋の上からなら親父に馬鹿みたいなことを言っても許される気さえしていた。
とりあえず携帯をポケットから引っ張り出す。
20時35分。
登録はしているが滅多に押さない親父の番号を見つめ、ひとつ大きなため息をつく。
白くなり目に見える形となったため息は一瞬で消えた。
20時36分。
目を瞑ってスマホをタッチする。
3回コール音がなり、やっぱり切ろうと耳からスマホを離すと微かに声が聞こえた。
「…はい。」
「あ、…もしもし。おれ、俺。健太。」
「お、お。どした、」
「うん。あのさ、元気?」
「うん、ちょっと足痛いけど、もう歳やしな。」
「そうか、そうか無理しなや」
「せやな。健太はどうや?」
「まぁそれなりにやってる」
「うん、体だけは大切にな、しなあかんで」
「うん。わかってる。」
「それやったらええねんけどな。」
「…」
「… 」
「あのさ、変なこと聞くかもやけど、俺親父とじゃんけんしたことあったっけ?」
「なに?…じゃんけん?」
「うん。」
「じゃんけんかぁ」
笑われると思っていたのに、親父が真剣に思い出を探しているのが不思議だった。
「お母さんとはよくしてたんちゃう?」
「母ちゃんじゃなくて親父と」
「父さん、忙しくてあんまりあんたらに構ってあげれんかったからなぁ、」
「うん。」
「だからと言って、お金持ちにしてあげることもできんかったし、」
「そんなんどうでもいいんよ。親父に文句言いたい訳じゃないねん。」
「…」
「親父さ、おじいに会いたくなることある?」
「うちの親は厳しかったからなぁ。やからそないにいい思い出ばっかりやないけど、オヤジが夢に出てくることはあるな。」
「そうなんや。」
「そう考えたら父さんもオヤジとじゃんけんしたことないなあ。父さんの頃は”じゃんけん”じゃなくて”いんじゃん”やったけど」
「いんじゃんか。」
「あー?なに?健太や健太。うん。うん」
「健太?ごめんごめん。母ちゃんが誰からの電話や言うてきてな。最近はよ風呂入れうるさいねん。」
「そうか。母ちゃんにもよろしく言うといてな」
「まぁたまには帰ってきいよ。お前の家なんやから」
「うん」
「俺ら死ぬまでに一回はじゃんけんしとこうや。それにいんじゃんも」
「なんやそれ、」
「言うてもうたから、めちゃめちゃしづらいけどしよう。いつか」
「うん。風邪ひかんようにな。」