5時間目の移動教室から帰ってくると、机の上に小さな紙切れが置かれていた。
「おまえ、あんまちょうしのんなよ。」
休み時間特有の、緩くシラけた空気が今は鬱陶しい。
ひらがなだけで書かれたメッセージ。
その鋭利さは容易に気づいたが、理解は難しかった。
何をしでかしてしまったのかわからない。
とりあえず机を体で隠し、紙切れをぐしゃぐしゃに丸めた。
紙は丸にはならず、トゲトゲしく、手が痛かった。
知らないふりで残り50分を耐えた。
みんなが鬼に見えて、誰の顔も見ることが出来なかった。
………
いつもの丁字路
いつものカーブミラー
いつものカレー屋の匂い
いつものバス停
いつもの時刻表
いつものスニーカー
いつものスニーカーの中に小石
小石…
すれ違う老人、今日の寝癖 、工事中の看板、誰かにとってのターニングポイントになる日、洗濯物の数、明らかカツラ、砂埃、片一方だけ取り残された子供靴、本日発売のゲーム機、アスファルトに相合傘、人気、空から謎の一滴の水、車から爆音で響く矢沢、さかむけ、溝に猫、健康法、頭が痛くなる香水、生死の境をゆく蝉、くたびれたスーツ、歩幅、枯れた紫陽花、弁当屋の換気口の油
ひとりで帰る僕を、彼女が追いかけてきた。
「おーい!あの紙びっくりした?
なんの反応もないからつまんないんだけどー。」
そこにはいつもの笑顔。
今この瞬間、陳腐なものになってしまった笑顔。
いつもの帰り道のいつもの感動が消え失せた。
くそみたいな紙切れのまじないで。
僕は歩みをやめなかった。