「ボン、ちゃんと汚れおとせよ。」
「はい」
「車の中汚したら殺すからな。」
棒付きのキャンディーを咥えながら言った。
煙草とピーチの混ざった匂いがした。
ぼんくらのボン。
ぼんぼんの坊ちゃん顔。のボン。
周りのおっさん達は僕をそう呼ぶ。
いつからかはよく覚えていない。
今日はひたすら、重い瓦礫を運んだ。
というか、ここで働くようになってからの3か月間ずっと同じ作業しか与えられなかった。
「お前は死ぬまでそれだけやっとけ」
昨日無駄に大きい声で言われた。
体はちぎれそうで、感情が腐りそうだった。
高校を1年足らずで辞めたのは、しんどいと思ってしまったからで、
今とどっちがと聞かれるとどっちもとしか言えない。
ここを辞め、新しいバイト先を探す気力と労力は少しも残っていなかった。
誰かが使っていた作業着を渡され、そこに今日の汚れがまとわりついてゆく。
今日は雨が降ったりやんだりの天気。
体中ベタベタ、寒気がとまらなくて不安になった。
鼠色のバンのバックドアを雨除けに作業着を脱ぐ。
「ボン、ちゃんと汚れおとせよ。」
「はい」
「車の中汚したら殺すからな。」
ドロドロの靴をはたいていると、足元でてらてらと光る水たまりが目に入った。
一度目を逸らしたが、残像のようなものが消えない。
水たまりに虹色の膜、不健全な模様。
ひどく綺麗だった。
その美しさの意味なんてわからぬまま、バンに乗り込んだ。
そして、また運ばれてゆく。
車内は聞いてはいけない汚い話が飛び交っていた。
さっきの水たまりに油分を落としたのは、このバンなのだろうか
窓の向こう側はいつかみた映画のような色味をしている。
ブラウンのチェスターコートを着た大学生が頭上を指差し、隣に寄り添う女性がスマホを空へ向けた。
夢がほしい。