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Story

朝帰り

 
 
 
あの日と異なる佇まいで人の往来を許し続ける、この駅を利用したことはない
 
 
すぐ側の小さな公園で朝まで話をすることにかまけて、だからこそなんとか過ごせた日常が確かにあった。
  
2人並んで滑り台に座りながら空を見上げると
高速道路の緑の標識が視界に入り、なぜか侘しさを少しだけ忘れられた。
 
隣にいたあの人はどうだったのだろう、
 
あの人は僕にはとても優しい人だった。
 
「なんでこんなにも孤独なんやろ」
という言葉をお互いがお互いの色で持ち合わせ、2人とも決して言葉にはしなかった。
 
あの人は夜の公園にポンカンのような柑橘系の果物を持ってきてくれたことがあった。
 
カバンからタッパーを取り出しベンチに広げる。
 
「これね、実家から送ってきたから、あげる」
 
不器用にむしゃむしゃと食べると粒が弾け、僕とあの人の顔に襲いかかった。
 
「ちょっと!冷たい!顔についてるし」
 
あの人はケタケタ笑った。
 
それから、「またむいてくるね。」と言った。
 
 
あの人は、よく歩いてはよく躓いた
 
そういう人だった
 
「川までいってみよう」と歩いていると、
大きな一軒家の玄関前にこれまた大きなポインターの置物が置いてあるのを見つけた。
 
「なにこれぇえっ、ちょっと一緒に写真撮りたい」と言い出す。
 
「いやいや、人の家やし、こんな時間やし」
 
と言ってもポインターの横でポーズをとることをやめなかった。
 
 
あの人はアスファルトの壁にチョークで書かれた謎の数字を見て、「友達の誕生日と一緒だ。」と本気で喜んでいた。
 
 
あの人は少し歩いた先に現れた高架下を見つめ、「あっ!ここ。私が布団を引きずって歩いた場所だ。」と話した。
 
「どういうこと?」
 
「布団がなくて、えーっと、あれ!あのホームセンターで布団セット買ったの。んで、買ったはいいんだけど、セットだから重くて重くて。ここで一回休憩したから覚えてるの。」
 
「いやいや、セットじゃなくても歩きはキツイやろ。筋力ゼロやのに」
 
 
僕たちは色んな話をして、いっぱい歩いた。
 
 
それでも僕たちの恋愛感情は空っぽだったし、自分の本質に触れる事をあまり話さなかった。
 
普段煙草を吸うらしいあの人が、僕の前では一度も吸わなかった。
という事実はこの先も不変であり続ける。
 
僕だってそういう事実をいくつか見せて過ごした。
 
 
僕が逃げるように生きたあの時間は全て深夜から早朝にかけてだった。
 
あの人はあの時間をどう捉えていたのだろう。
 
同じく朝まで歩いた後でも絶対に授業を休まず、僕の分のノートまでとってくれたあの人。
 
 
そして、深夜にはまた僕と公園にいた。
 
 
僕は、僕は
 
深夜と早朝しか知らなかったこの町の動く姿を今日初めて見た。
 
駅前のスーパーや情緒溢れる自転車屋。
あの日寂しく感じた路地にも人が集い、あらゆる所に影を落としていた。
 
 
駅を温めるように射す夕陽。
 
そこには自信満々といったがめつさがあり美しくなかったが、いい雰囲気の本屋さんに気づくことができた。
 
なんか嬉しかった。
 
嬉しかった
 
 
それでも
 
あの公園にはまだ行くことができず、僕は夕陽に追われるようバイクを走らせた。
 
 
 
 
 

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