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Story

被ける

 
 
あと一歩を踏み出す勇気がなかったから、僕はまたこの部屋にいる。
 
電車の風圧で体全体が揺れ、「痛いのは嫌だ。」と思った。
 
 
今日も眠れないのは、先月突然彼女が出て行ったからで。 
 
ニキビが増えたのは晩御飯に、お菓子ばかり食べ始めたからで。
 
足に水ぶくれができたのは、毎朝駅まで歩いて行くようになったからで。
 
歩くようになったのは、彼女が誕生日にくれた自転車に乗ると哀れになるからで。
 
サドルが低くなってるのは、彼女が乗ったりしていたからで。
 
至る所に痕跡を残す彼女のせいで、僕に行き場などなくて。
 
帰ってきてほしいのは、自分のためで。
 
いつか帰ってくるだろうと、たかをくくっているのも自分のためで。
 
そんな根拠のない自信を身につけたのは、彼女があまりにも褒めるからで。
 
その優しさを受け取るばかりだったのは、自分で。
 
僕らには、それぞれの人生があって。
 
慣れや怠慢に気づこうともしなかったのは自分で。
 
見えていないふりをしていたのは彼女で。
 
メッセージが既読にならないのは、僕のためで。
 
「寒くなってきたので、風邪をひかないでください。」
 
この想いは含みなどなく、彼女へのもので。
 
 
何も教えてくれなかったのは彼女のせいで。
 
何も知ろうとしなかったのは僕のせいで。
 
 
あと一歩を踏み出す勇気がなかったから、僕はまたこの部屋にいる。
 
電車の風圧で体全体が揺れ、「痛いのは嫌だ。」と思った。
 
 
死にたいと思ったのは、自分のためで。
 
死にたくないと思ったのは、彼女のせいで。
 
 
「これからは自分のために生きなきゃだめだよ。」
 
誰かがそう言った気がしたが、それは内から聞こえた気もした。
 
 
 

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