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通り雨

 
雨は時として僕の心をえぐる
 
だから雨は嫌いで嫌いで、
 
降らないと困ってしまう。
 
僕はここ一年で傘をさして歩くのが得意になった。
 
必ずどこかは濡れてしまうけれど。
 
 
……………………………………………………
 
 
いつもの場所にバスがやって来ては、溜息をはくように人を降ろしてゆく。
 
その中に安心感を含んだ顔を見つけ、さしたままの傘を少し押し上げて合図をした。
 
彼女の合図は左の口角をあげること。
 
スッキリとしているが冷たい印象を与えない奥二重を見ると僕はいつも緊張してしまうのだ。
 
 
……………………………………………………
 
 
 
僕と三里さんは雨が降るとあのバス停で待ち合わせをする。
 
それはルールでも暗黙の了解でもなく、その日に更新されていく思い出のようなものだった。
 
雨が降ると「三里さん」は僕の携帯を照らしてこう告げる。
 
「雨だよ。」
 
この句点が雨を表現しているのかどうかがずっと気になっているが、会えばいつも聞くのを忘れてしまう程度のことだ。
 
 
彼女から連絡がくるのは決まって夜。
もちろん朝に雨が降っていても夜までにあがれば連絡はこない。
 
 
「よいしょっ、お待たせ。」
 
 
 
僕たちはひとつの傘でバス停から5分ほど無言で歩き、この公園に腰をおろしてやっとお互いを知ろうとする。
 
「雨降ったね。」
 
「うん。」
 
「もうお風呂入った?」
 
「いや、まだだよ。今日はベランダでトマトがなってて。三里さんに写真送ろうと思ったら連絡がきたんだよ。」
 
「そうだったんだ。見せて見せて。」
 
「ん、これ。」
 
僕が持つスマホに顔を寄せた三里さんの温度が湿度を通して伝わってくる。
 
「めっちゃ赤いね?よいですよいです。」
 
「よいでしょ、」
 
みにおいでよ。
と言えないのはそれ以上のなにかを期待しているからなのだろうか。
 
スマホの液晶が消えると画面越しに目が合い気まずくなってしまった。
 
その密度の濃い空気を薄めるように次は彼女のスマホが光って揺れた。
 
 
僕は三里さんの彼氏の名前を知ってしまっている。
でも、隠そうとはしないその素振りを追求することは罪なのだ。
 
「そうだ、これ知ってる?」
 
三里さんはなにもなかったかのようにスマホを操作しながら言った。
 
「ん?」
 
「いまね、YouTubeで流れ星みれんの。」
 
「今みれる時期なの?」
 
「そうそう、ピークはもう過ぎちゃったらしいんだけど、それでも結構流れてくれるんですよ。ほら!」
 
「え、すごいじゃん!ペルセウス座流星群?長野県って書いてる。」
 
「そうそう」
 
「軽井沢って長野県だったっけ?」
 
「え?そうなの?よく耳にするけど知らなかった」
 
「多分ね。行ったことある?長野県。」
 
「んーっと、ないけど、このままだと話がそれそうなので本題にもどします。」
 
ふざけながら真剣に怒る三里さんは顔はたまらなく可愛かった
 
 
「すみません。どうぞ。」
 
「はい。これね。ライブカメラだからリアルタイムでコメントが出るんだけどなぜかそのコメントずっと見ちゃうの。」
 
 
「ほんとだ。この時間で6000人もみてる。しかもコメントとまんないし。」
 
「でしょ、んでね、気になったのをメモにとってるの。」
 
そう言って彼女はスマホを僕に預けた。
 
〇きたー!!
〇志望校受かりますように。
〇お父さんへ。はやく再婚してください
〇橋本環奈と結婚できますように
〇みんなが幸せになれますように
〇真ん中にあるのがペルセウスです。
〇気付いたら数分目瞑ってた
〇ちっちゃいのばっかやね
〇チカチカしているのは大気があるせいです。
〇橋本環奈は俺の嫁や
〇みえた!!!
〇理由はないけど、生きています。
〇フェラーリもう一台買えますように
〇埼玉県の人ー、手あげてー。
〇蚊にさされました。
 
「三里さん…特殊なの選び過ぎだよ。橋本環奈取り合ってるし。」
 
「ふふ、そうかな?人気だよね、環奈ちゃん。でもね、急にね、みんな色んな想いでこの星を追っているんだと思ったらなんか自分がちっぽけに思えてきてメモするのやめたの。」
 
 
その表情をみて、一年前あのバス停で初めて出会った時を思い出した。
 
彼女はあの時も不安そうな顔で地面を見つめていて僕から話しかけたのだった
 
「あのー、なにか落としました?」
 
「芋虫がありに運ばれてる…」
そう言った彼女は本気で泣きだしそうだった。
 
「あー、ほんとだ。雨いますぐ降ればいいんですけど。そしたら流されて助かったりしないかな…」
 
「そうなれば私が濡れてしまうので、困ります」
予想もできない答えが返ってきて戸惑ったのを覚えている。
 
 
「でも今日昼から雨降るらしいですよ」
 
「え?そうなんですか?やばい。バスきちゃったし」
 
また泣きそうになった彼女をみて、傘を忘れたことは容易く想像できた
 
「大学生ですか?」
 
「はい。二回生です。」
 
「じゃあ同級生だ。僕折りたたみ傘ももっているのでひとつどうぞ。」
 
「え、いいんですか?」
 
「はい。別に返さなくても大丈夫です。」
 
「いやいやいや、それはいけません。帰り何時ごろになります?」
彼女は眉間にシワを寄せて少し怒りながら言った。
 
「20時には…」
 
「じゃあ21時にこのバス停で待ち合わせでいいですか?」
 
………………
 
漫画みたいな出会いで待ち合わせをした僕たちはその日この公園で2時間喋ってから連絡先を交換した。
 
そして、僕の大きな傘で一人暮らしをする彼女を家まで送った。
 
 
それっきりの関係だとお互い感じていたはずだったのに、今僕の隣にはちゃんと三里さんがいる。
 
 
 
「私は選択が下手なの。」
 
「みんなそんなもんじゃない?」
 
「違うよ。だって欲しいものは欲しいでしょ?」
 
「叶わなくても希望は希望だよ、」
 
「うん。いつ何を選べば自分が幸せになれるかはわかってるつもり。疑うのは辛いから振り返れないけど。」
 
「…」
 
「人に迷惑をかけないためなら、希望も隠してしまうのは優しさなのかな?」
 
「…」
 
どんよりとした雲がすぐそばにある気がして鬱陶しかった。
 
その時僕が持つ三里さんのスマホに新着メッセージが届いた。
 
尚樹:今なにしてんの?
 
僕が気づいたことを彼女に気づかれる前に画面を消してそっと返す。
 
 
 
僕は何も言ってあげることができなかった
 
 
「人って綺麗なものの前では素直になれたりするのかな。」
 
「どうだろうね…」
 
彼女も僕も虚空を見つめながら喋った
 
 
 
「ねぇ、今日さ、朝になるまで。長野県から見える星が消えてしまうまでに2人でコメントしない?」
 
「あそこに?」
 
「うん。お互い一回だけ。今抱える一番の希望を書いて私たちは明日を迎える」
 
「ルールはそれだけ?」
 
「アカウントの名前をわかるものにすることと、星が流れるのをきちんと見てから書くこと。」
 
 
「見つけられるのかな、それ。」
 
 
「佐藤くんは星と自分どっちを信じる?」
 
「んー、流れ星のおかげで自分の希望を再確認出来て努力に繋がったとしても、やっぱり見えない力を信じてしまうかな。」
 
 
「うんうん。そっかそっか。ってかさ、なんか今私たちめちゃエモくない?」
三里さんは、張り詰めてきたものを取っ払うように笑いながらごまかした。
 
 
「そうだね。二人とも大学生満喫してる」
僕の方はきちんと笑えたかどうかわからない。
 
 
「見つけようよ。星も希望も」
とっても優しい顔で彼女がそう言った後、雨がやんでいることに気がついた。
 
 
僕の傘が彼女には必要ないものになってしまったのは初めてだった。
 
 
「おっけい、わかった」
 
少し戸惑いながら吐き出す言葉はこれが精一杯で、彼女の言葉にすがっている自分がいた
 
 
「ちゃんと流れ星にお願いするんだよ?ちゃんと名前も書くんだよ?」
 
 
「わかってるよ。」
僕を登校前の子供のように扱う彼女を見て、ようやく自然に笑うことができた
 
 
「じゃ、雨やんだし帰ろっか」
お互いそう言って腰をあげると、彼女は「ありがとう」とも言った。
 
初めてのことだらけだった。
 
 
そして、僕たちは1人ずつになってそれぞれの道を一歩一歩踏みしめて歩いてゆく。
 
 
たとえぎこちなくても、
なにかをかえるためにかえるのだ。
 
 
 
 
彼女が見えなくなる場所まで歩き、不意に空を見上げてみたがこの場所から見える星はひとつもなかった
 
 
 
 

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