どれでも好きなの選んでいいよ。
じゃあ…
ゴトン!
「この階段懐かしいね。久しぶりに動いたら汗かいちゃった。」
「ありがとうございます。ジュース。」
「私からしかけたのにね、フリースロー対決。余裕で勝てると思ったんだけどなぁ。
…ってうそうそ。」
「たまたまです。私みんなに迷惑かけっぱなしで。」
「たまたまじゃないよ、シュートすっごくうまくなってる。」
「久美さんの影はいまだにあります。コートのあちこちに。」
「ごめんね。謝っても許してもらえないことはわかってる。でも、ほんとにごめん。」
久美さんはレモンティー、私はスポーツドリンクを開けることすらできずにいる。
「久美さん、すごい綺麗です。いい匂いするし。」
「そんなお世辞やめてよ!髪もメイクも汗でぐしょぐしょ。」
久美さんの髪の毛は毛先が茶色になっていて、大人っぽかった。
「それでも可愛いです。久美さんは何も悪くないです。久美さんは…」
「悪いよ。キャプテンが大会前に急にいなくなって、その理由が男だなんて。罪だよ。」
「私達は久美さんがいないと勝てないってことですか?」
「いや、ちがうちがう!そういう意味で言ったわけじゃないの」
「私もごめんなさい」
「今でもね、バスケしたくなる時があるの。今日なんかまさにそう。
でも、もう死ぬまでしてはいけない気もする。誰かに見られるのも怖いし。
何が言いたいか自分でもよくわかんないんだけど、ごめんね…、」
「先輩はなんでそんなに怯えてるんですか?
みんな久美さんのこと恨んだりしてないですよ。」
「そんなの、嘘だよ。」
「久美さんが思ってるより、みんな自分に必死なんです。
久美さんは自分に甘くないから、厳しいから。
だから分かれ道で立ち止まらないんですよ。久美さんは眩しくて憧れなんです。」
「ぜんぜん、ぜんぜんだよ…、
例えば10年後にね。今を振り返った時、空っぽな思い出に支配されそうで怖いの。
ちょっとバスケットボールに触れるだけのつもりだったの。それだけで満足すると思った。
それで体育館に来てみたら美花が1人で練習しててさ。」
「嬉しかったです。話しかけてくれて。
先輩は多分そのまま帰ろうか悩んだはずだから。」
「あれ以来、メンバーとは目も合わせることができなくて。
自分を強くみせることに必死で。今もそう。」
「私も怖いです。
毎日毎日誰よりも長くコートに残って練習してるけど、試合にはでれないし。
出ても何もできる気がしないし。
それこそ空っぽの時間を過ごしている気になる時だって。」
少し遠くから雷の音が聞こえた。
「この後ね、カラオケにいくんだ。そこには彼氏の友達とかその彼女とかも来てさ。全然楽しくないの。
でも、私は楽しそうに笑うの。みんなもゲラゲラ笑って。だんだん麻痺してきて、なんかずっと笑ってる。
頑張って稼いだバイト代は一瞬で消えて。家に帰ってお風呂に入って布団にもぐって、やっと泣きたくなるの。
んでね、バスケットボールに触れたくなるの。これは罰だよ。」
大粒の雨がポツリポツリと地面に模様をつくる。
「もうコートには戻ってこないですか?」
「戻れないよ。」
凄まじく光って近くに雷が落ちた。
「私はコートにいます。今はこれしかないから。」
「…うん。」
雨はざざぶりになっている。
「雨だ」
今気づいたみたいに言うことで、なんとか間をうめた。
「今日はありがとね。美花はすごいプレーヤーになるから。絶対。」
先輩は立ち上がって、そう言った。
私はまだ座ったままで、目も合わせられなかった。
「じゃあ、行くね、」
雨の中を走っていく。
遠ざかる後ろ姿を目で追った。
バスケを辞めてから、ずいぶんと短くなったスカート。
それでも、久美さんにはとても似合っていた。
“潤沢にきらめく髪、靡くスカート”
スポーツドリンクのキャップを開けて、やっぱり閉めた。
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